☆心の出逢いにありがとう☆

波瀾万丈、思いがけないことばかり。落ち込んだり、悲しんだり、それでも、出口のないトンネルは無いことを信じて、どんなときも笑顔で朗らかに生きています☆「あなたがいるから頑張れる」そんな存在を支えに持って、心元気に生きていきたいです☆

☆限界と思うこと☆

統合失調症という病気は、もともと「精神分裂病」という名前だった。
私が幼稚園の頃、母親が、相手も居ないのに

誰かと喋っているように、ひとりでブツブツと

ひとりごとを言ったり、吹き出して笑ってたり

急に泣き出したりする姿を見るようになった。

その時、母親は、まだ、25歳ぐらいだったと思う。
自分の母親が、「精神分裂病」だと知ったのは、高校生の頃で、それまでは、「ノイローゼ」だと、亡き父親から聞かされていたので、ずっとそうだと思っていた。
幼い頃は、父親と母親の夫婦喧嘩ばかり見て育った。

あの頃は、父親のほうが悪いと思い込んでいた。

毎晩、母親と喧嘩するたびに酒を飲んで、飲み屋に夜中まで行ってたから。
けれど、自分が大人になるたびに、父親の気持ちがわかるようになった。
母親の奇怪な行動、暴言、育児放棄、四六時中、

布団の中で寝ていてることが多くて、家事もしないことが多くて、ずっとひとりごとを言って

自分の世界に入ってる…
自分の嫁がそうだったら、家のことを心配するのは父親の役目になる。仕事から疲れて帰宅したら、母親から暴言をあびる。

そんな辛い日々の父親は、酒を飲まずにいられなかった。
その父親の気持ちが、今は本当に身にしみてわかる。

私も、主人や子どもたちや猫がいるので、気がまぎれて、毎日を頑張っているけれど…
母親と二人でいる昼間は、私が頭がおかしくなりそうなくらいストレスがたまる。
私も股関節の激痛に耐えながら、家事や仕事をこなしているのに、ベッドで四六時中、寝ている母親が、自分で出来ることでも、

「ちょっと!!来て‼︎ 早く来て!」と、何度も呼びつけて、私が行くまで何回も続けて叫んでくるのが、とても腹が立つ。
普通の母親なら、娘が、手術をするとか、痛みを抱えてると聞けば、胸が痛むし、心配もするだろうと思う。

けれど、私の母親は、ずっと、私が幼い時から、

子どもの心配もしたことがなく、いつも自分のことが優先だった。
もうすぐ、手術しなければいけないくらい、股関節もつぶれてしまって、痛み止めを飲みながら、湿布もたくさん貼りながら耐えてることを

母親に告げるけど、

「そんなことより、早くして!」

などと、自分のことをしてもらおうと必死で言ってくる。
母親は、「私だって、歩けない」と言ってくるけど、母親の足は、どこも悪いところがないのだ。

いつも、ずっと寝てばかりなので、筋力が落ちてるだけで、歩けば歩くほど、歩きやすくなるのだ。
それなのに、ベッドで一日中、寝ていて、食事とトイレにしか起きてこない。

内臓も悪いところがなく、糖尿病でインスリン注射を打たなければいけないだけ。

インスリン注射しながら、元気に働いてる人だって、山ほどいるのに、母親は、それで重病だと思い込んで、ずっと寝ているのだ。

普通の親子の会話もないし、それでも、実母なので、腹が立っても、介護の責任がある。

精神の病を持った家族がいれば、どんなに説明しても、理解してもらえないし、これほど大変なことはない。

50年も、そんな母親と一緒に居るので、

私も慣れてると言えば慣れてるけれど、

普段は明るく振舞っているけれど、

自分の体調が悪いときは、さすがに受け止められなくて、悲しくて、情けなくて、涙が出てくる。

子どもたちも、主人もストレスになるので、

家のローンが終わったら、母親を施設に入れることも考えようかなと思ってる。

このままだと、私が我慢できても、

主人や子どもたちまで我慢しなくてはいけなくなってくる。

私も、亡き父親も、母親に対して甘すぎたと思う。何でもかんでも、守りに徹して、言うことを聞いてあげて、母親の我儘も思い通りにしてきた結果…
自分が重荷を感じて、苦しくなって、自分の家族にまで迷惑をかけてしまうことになった。
人はみんな、耐えられない試練はないと言うけれど、耐えられないこともたくさんある。
ほとんどの人が、何か困ったことがあると

母親に相談するんじゃないだろうか。
相談できる母親がいる人は幸せだと思う。
母親が重荷になって、母親が不幸の要因になってる人って、いるんだろうか…
自分の人工関節の手術も心配だけど、

日々の母親の言動のほうが、何百倍も苦痛だ…
母親のことなんて、誰にもどこにも相談できない。
無事に毎日が過ぎていきますように…☆
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☆人生これから☆

きょうは敬老の日。
全国に65歳以上の人が、過去最多で3514万人だそうで、そのうち、90歳以上が200万人だそうだ。
その中に、主人の両親が、ともに92歳。
私の母が、75歳。

妹の旦那さんのおばあちゃんも確か、96歳。
今は、年齢よりみんな若くて元気だ。
この前、テレビを観ていたら、渡る世間母が鬼ばかりのドラマの脚本家の橋田壽賀子さんも、

92歳だと言っていた。

92歳で、分厚い原稿を綺麗な文字で書いておられて、素晴らしいなぁと思った。

橋田壽賀子さんは、小学生の時に初めて、母親から買ってもらった筆箱がうれしくて、その筆箱を

92歳になった今も、原稿を書く筆入れとして、大切に使っておられる。

戦時中も、筆箱を持って歩いていたそうで、宝物にしている気持ちに、とても感動した。

来年も、世界旅行の予定があるそうだ。
先日、105歳で亡くなられた、日野原先生もそうだけど、年齢を感じさせない前向きで健康な心。

生涯、青年のような生き方。

今朝の朝刊の投稿に、70歳になったのを機に、

日記を書き始めたという方もおられた。
そう思うと、私はまだまだ若いのに、もう人生が終わりだと思う落胆もするし、つい、もう何もできないと思ってしまう…
これから、手術したら、もっとやりたいことを

やって行こうと思わなければ…と、パワーをもらった。
人生、これから☆

☆アイスの力☆

息子の運転で、娘と3人で買い物へ行ってきた。

去年、車の免許を取得したばかりの息子の運転は、仕事が休みの日に運転する時もあれば、しない時もあって、まだまだ運転が慣れてないので、助手席に乗っていても、まだ怖くて、安心できないけど、運転も慣れることが大切なので、息子が休みの日は、なるべく運転してもらっている。
子どもたちとスーパーに行くと、幼い頃は、お菓子をカゴに入れるのが楽しみで付いて来てたけど、20歳を過ぎると、アイスは相変わらず欲しがるけれど、缶のお酒をカゴに入れるようになった。


子どもの成長は、あっというまだな…。
私も、きょうは、アイスを買った☆



コーンのないソフトクリーム。
バニラは、美味しい~(^O^)


ストレスがあるときや、精神が苛立ってるときは
アイスを食べると精神が落ち着く。

私の母親が、数年前まで、統合失調症の中の攻撃性が強く出ていて、

アイスを食べさせたり、コーヒーを飲ませたら

シーンと落ち着くので、攻撃的になったら、

アイスクリームをあげたり、コーヒーを入れてあげたりして落ち着かせたものだった。


自分自身でも、心身ともに疲れてきたら

チョコレートを食べたり、

母親のことでイライラしてきたら

コーヒーを飲んだりして、その場を乗り越えている。
そういう作用が、チョコレートやアイスやコーヒーには、あるのだろう。

☆数年前から同時進行しています☆

4,5年前から、Amebaブログと同時に進行して
投稿しています。
同じ内容で、アメーバブログのほうでは
タイトルが「明日は明日の風が吹く」
名前は  「はるみ」でブログをしています。
アメーバのほうが、見やすいというかたは
アメーバもよろしくお願い致します(^O^)

☆外での活動から家での活動の日々☆

楽しみにしていたテレビドラマ
「遺留捜査」と「黒革の手帖」が最終回で終わってしまった。
今週、「愛してたって秘密はある」も最終回だ。

長年、テレビを観る時間もないくらい、
外でボランティアの役員やママ友たちとランチや
夜は活動の件で電話ばかりの日々だったので、
自分が動けなくなって、同時に母も動けなくなって、母の介護生活をするようになってからは、
ストレスもかなりあって、テレビだけが楽しみになった。

流行りのドラマにも疎かったけど、今はドラマばかり観ている。

去年、右の人工股関節手術で入院したときは、
同室の人たちとずっと喋っていたり、自分で廊下で車椅子や歩行器、杖など、段階ごとにずっと歩く練習をしていたので、病室でテレビを観ることがなかった。

10月からも、楽しみなドラマがあるんだけど、
入院になってしまうので、観られないのが
残念だ。

「相棒」「ドクターX」「コウノドリ」
「陸王」…他にもいろいろ…

去年は、術後に高熱が出て、しんどかったので、
入院生活が、無事に快適でありますように。

☆助けてもらえることに感謝☆

毎週、月曜日に、母には訪問看護師さんが
来てくださって、母にシャワー浴をしてくださっている。

そして、水曜日か木曜日に、私が母にシャワー浴をしていたのだけど、母が入浴嫌いで、いつも
月曜日の看護師さんのときも必ず最初は抵抗するし、私の時はもっと抵抗するので、困り果て、
木曜日に、今朝からヘルパーさんにシャワー浴をしてもらうことになって来てもらった。

案の定、母はヘルパーさんに
「きょうは、特に身体がしんどくて、無理」と
何度も言ってたけれど、そんなふうに拒否られるのは慣れてるヘルパーさんなので、上手に母を説得してシャワー浴をしてくださった。

介護は、大変だけど、そうやって、訪問看護師さんや訪問介護士さんたちに助けてもらえて、
過ごしていけるのは、とてもありがたい。

来月から、私も母も入院することを伝えて、
訪問のほうは、来月はお休みさせてもらうと連絡した。

来月、手術したら、またリハビリの日々が始まるので、去年に経験したことと同じ日々をもう一度繰り返すことになる。

自治会の班長さんにも、大型ゴミの当番を
少し遅らせてもらうようにも頼んだ。

去年は、退院してすぐに、大型ゴミの当番が来て、娘にも手伝ってもらいながら、杖をつきながら立って作業したけど、転がったペットボトルや
空き缶をなかなか拾えなくて、他の当番の人たちが親切な人ばかりだったので、フォローしてもらえて、ありがたい気持ちと、自分が情けない気持ちでいっぱいだった。

今度は、せめて3か月くらい後にしてもらって、
大型ゴミの当番を頑張りたい。

いろんな不安もたくさんあるけど、
今、手術するのが、ちょうど良いのだろうと
自分に言い聞かせている。

☆ひとつひとつ解決していこう☆

今朝、左の股関節が、いつもより激痛…
痛み止めの薬は病院から貰ってるけど、なるべく
飲まないようにしてるけれど、今朝はさすがに
飲んだ。
今朝は、母を内科受診に連れて行く日だったから。

杖をついて、足をひきずりながら、さらに歩行困難な母を支えながら病院へ行くと、いつもすごく疲れて、血圧が上がる。

きょうも、母は血圧が正常だったけど、
私の血圧は、血圧の薬を飲んだのに、高血圧の
156だった。

母がトイレが近くて、病院に着いてから、受診までに3回もトイレに行くし、そのたびに、パンツやズボンの上げ下ろしをしてあげないといけないので、そのたびに、股関節がズキズキして、
頭がキーンとなって、つらかった。

痛み止めを飲んだのに、効かなかった。

去年、右側の股関節を手術してから、もうできるだけ左側は、手術しないでおこうと思ってたけど、穴が空きまくった骨が、とうとう押しつぶれてしまってますと言われて、やはり手術しなければいけなくなった。

この激痛は、さすがに耐えられないので…

内科の主治医に、股関節の手術が決まったことを伝えて、私が入院してる間、母を入院させてもらうことを決めてきて、ホッとした。

母も、去年までは、入院をとても嫌がっていたけど、看護師さんや介護士さんがとても親切にしてくださるので、入院に抵抗がなくなったので、
良かった。

ひとつひとつ、心配なことを解決して行って
来月は、自分の身体のことを考えるようにしよう☆

☆身長の話☆

身長って、縮んでいくのかな。
高校の時に、身長を測ったら、159㎝だったのに…
股関節を悪くして、去年、病院へ通うようになって測ったら、157㎝だった。

もともと、重い物を持つのが得意っていうか、
家具や引っ越し荷物や、部屋の模様替えも、
ひとりで持ったり、移動させたりしていた。

子どもが生まれてからも、ひとりを抱っこして
大きな荷物を持って、ひとりの手を引いて、
電車をいくつも乗り換えて、遊園地や動物園に
連れていくことも頻繁で…
重い物を持つと背が縮んでくるんだろうか。
確実に子育て中にも、生命保険に加入するときに
身長を測ったら、158㎝になっていた。

中学時代は、バスケットボール部だったので、
3年間で、5㎝ほど伸びた記憶がある。
さらに高校でも3㎝伸びたはずだった。

あ、なぜ身長の話になったのかというと、
全日本のバレーボールの男子選手たちの身長の高さに、びっくりしたからだ。

2mを超えてる選手が、たくさん居て驚いた!

私の同年代のバレーボール選手といえば、
川合俊一さんで、それでもあの当時は、すごく大きく思えて、こんな背の高い人たちがいるんだと
驚いたけど…

今はもう、2mを超えた選手がいて、びっくり!

時代とともに、日本も容姿が変わってきたなぁ。

この前、27時間テレビを観ていたら、歴史の特集をしていて、徳川家康が159㎝、
織田信長が170㎝、豊臣秀吉は、何センチか忘れたけど、3人の中で一番背が低かったそうだ。

来年で、平成が終わって、新しい元号とともに
新しい時代が来たら、また、食べ物や暮らしも変わってきて、どんどん高身長になっていくんだろうなぁ…

☆りんとココ☆

ご対面して、ケージから、少しずつ出してあげると、だいぶ慣れてきました。
りんちゃんは、おとなしいのですが、
新入りの、ココちゃんが活発で、りんちゃんに 
猫パンチしてくるので、りんちゃんも、やられたらやり返すという感じです。



仲良くなるのは、まだまだかな(^∇^)

☆誰かのために生きると、くじけていられない☆

母の介護をするようになってから、
去年から、高血圧になったので、病院で高血圧の薬をもらうようになった。
血圧計を買って、毎朝晩、計って記録して、内科の受診の時、先生に見せている。
血圧の薬を飲んでると血圧も正常値。
血圧の薬を飲んでないときや、飲んでいても、母の精神状態が良くないときは喧嘩になるので、私もカッとなるので、そのときは血圧が、150を過ぎてしまう。
私の血圧の変動は、母の精神状態で大きく変化する。
1週間のショートステイから帰宅した母は、落ち着いてくれてるし、トイレでのパンツやズボンの上げ下ろしを私に要求しなくなった。
私も股関節の激痛と闘ってるので、母から無理難題な甘え方をされると、悲しくなって、情けなくなって、頭に血がのぼり、血圧が上昇するばかりだ。
母が1週間のショートステイに行って、少しでも
リハビリをしてくれて、それがとても助かっている。
来月、私が1か月ほど入院する間は、母の主治医が母を入院させてくれるそうなので、良かったと思っている。
我が家には主人も息子も娘も居るけれど、毎日、
1日3回のインスリン注射を打たなければいけない母の介護は無理だから。
それに母は、精神の病気だから、つじつまの合わない話ばかりしてくるし、それをまともに聞いていたら、こちらが神経を病んでしまう。
母のことは、私しか無理なのだ。
母が精神を病んでから、50年以上経つけれど、
私は子どもの頃から、母の奇怪言動には、慣れていたので、この50年で鍛えられ、おかげで、私はどんなハプニングや苦しい試練があっても、
母のように精神が病んでしまうことはない。
母の姿にトラウマがあったり、反面教師にしてるからだろう。
必ず、くじけずに乗り越えようとする心が働く。
それは、母のおかげかもしれない。
自分のことだけを考えていたら、
「もう、どうなってもいいや」とあきらめてしまうけれど…
「何かを守らなければいけない」
「誰かのために生きなければならない」
いつも誰かのことが気がかりだったり、誰かを心配していると、人はくじけないものだ。
今朝、洗濯物を干していたら、近所の一人暮らしの息子さんの家の雑草むしりを、身体の不自由なお母さんがしているのを見かけて、声をかけた。
左手は麻痺して使えず、片足も麻痺して、杖を使っておられた。それでも、息子さんの家の庭の
草むしりをしておられた。
「心配でね…。こんな身体になって動けないんですけど、少しでも、来れるときは頑張って来て、
何かをしてあげたいんです」と言っておられた。
私も、両足が悪くて、片方が人工関節で、来月にもう片方を人工関節にするという話や、杖をついて足を引きずりながら、家事や母親の介護をしてる話をしたら、とても元気そうでそんなふうに見えないと言われた。
息子さんのことが気がかりでなければ、もう寝たきりになっていたと思うと言っておられた。
私も、自分の股関節のことを考えてる暇がなかった。
それが良かったのだ。
誰かを心配したり、誰かのために動かなければいけないことは、自分を元気にさせるのだと改めて思った。
頑張り過ぎずに頑張ろう☆
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プロフィール

夢蓮花☆

Author:夢蓮花☆
波瀾万丈、人生は思いがけないことばかり。
落ち込んだり、悲しんだり、苦しんだり、それでも
出口のないトンネルは無いことを信じて、どんなときも
笑顔で朗らかに生きています☆
「あなたがいるから頑張れる」
そんな支えを持って、そんな支えになって前向きに生きています☆

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